本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

週刊文春編集長の仕事術

隣の芝生は黒い。と思わず感じる本。

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「「週刊文春」編集長の仕事術」新谷学 著(ダイヤモンド社

【5章「決断/覚悟」】
あらゆるビジネスにはリスクが付きものだ。
我々が週刊文春を作る上で、いかにリスクと向き合いながら決断を下し、
どんな覚悟で記事を掲載しているのかを述べた。

 文春流の紙面作りの本質は好奇心につきるようです。誰もが考えていることの裏を行くのがヒットの秘密のようです。「誰それが右といえば右を向く」のではなく、「左を向いたらどうなるのだろう」と考えるのだそうです。つまり天の邪鬼です。9割の人が右を向いた時、左側から宝物が見つかったらボロ儲けです。当然、失敗したり非難中傷を浴びたりすることも出てきますが、それは織り込み済み。先行者利益を取りに行くのがこの雑誌の編集方針であることがわかります。「市場調査」の結果をもとにモノを売るなんて発想はもともとないのですから、それだけで個性的です。したがって固定客が付く。その固定客が喜ぶようなターゲットに持てる資源をつぎ込んで一攫千金を狙うという仕組みです。

当然、取材してみたらなにも出てこなかったということもあるわけで、ひどい目にあうことだってあります。ですから5章の書きぶりがすごく気になります。

昨今はブラックな体質を抱えた企業の人気がありません。太く短く生きる仕事を若い人たちはどう見るのでしょうか。それも気になります。

「週刊文春」編集長の仕事術

「週刊文春」編集長の仕事術

 

爆笑対談・超老人の壁

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「超老人の壁」養老孟司南伸坊 著(毎日新聞出版

人生の醍醐味は0と1の間にある。人気解剖学者・養老孟司、「本人伝説」の南伸坊のエッセンスが凝縮。何事もデジタル化され便利になった反面、人間が生きづらくなった世の中で、楽しく生きるにはどうしたらいいか。宗教、哲学、アート、自然科学など、多岐なテーマを織り交ぜながら、明るい老人二人が現代社会に警鐘を鳴らす。思索が深まる爆笑対談第2弾。

 年を重ねた人間は、ある一線を越えると突然アナーキーになります。怖い物はないという態度です。こんな人たちと正面からぶつかっても太刀打ちできないのでたいていの人は苦笑いして避けます。たまに、注意されることがありますが、そんなとき年を重ねた人間は伝家の宝刀を抜きます。それは何かというと「忘れてしまう」ことです。

あー早くそうなりたいと思った人はきっと人生に疲れています。

管理職あたりの年齢層が購読層のようですが、若い読者も付いています。明日は我が身だと感じているのでしょうか。

超老人の壁

超老人の壁

 

 

ニッカボッカの歌の凄さ

「客注」とはお客様から受ける注文・本の取り寄せのことを指します。取り寄せが可能な書籍は取次のサイトに掲載されています。取次が手持ちの在庫に加えて版元の状態もレジから直接確認できます。ちょっと昔の本でも、注文を受けてから入荷までの期間を店頭でお知らせできるようになりました。

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ニッカボッカの歌」南悟 著(解放出版社

荒れた中学校生活を送り夜間定時制高校に入学した若者たち。社会の荒波にもまれながら仕事の苦楽を短歌に詠んでいます。学校・生活・仕事の様子を三十一文字の短歌に詠む中から昼に働き夜に学ぶという困難をのりこえ,自分を取り戻す姿を紹介した本です。

今から16年前に出版された本なので、版元品切れかと思っていましたが、迷わずトーハンが運営するe-honネットを開いて在庫を確認。在庫があることがわかりました。(ここに在庫記録がない場合でも、出版社の営業に直接電話をすると手に入れられる場合もあります)

舞台となったのは、阪神淡路大震災に見舞われた兵庫県立神戸工業高校。ここで震災体験を生徒たちに短歌という形で表現させようという授業がスタートしました。生徒のほとんどは短歌どころか授業を受けることそのものがあまり得意ではありません。彼らのやる気を引き出し、自分を表現することの喜びを実感させるという地道な取り組みが、31文字に結晶したと思うと、凄いことだと思わざるを得ません。頁をめくると彼らが詠んだ短歌が授業風景とともにまとめられています。

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「フライス盤」「鉄工所」「やるせなさ」「塗料まみれ」「しんどい」・・・力任せに綴られた言葉の端端から、少年たちを取り巻く環境が浮かび上がるように見えてきます。様々な理由で定時制に通う15歳の少年たちが、日々の生活や働く現場で詠んだ短歌です。

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重労働の作業を終え、自由時間を削ってまで登校してきた少年は、疲れた自分と向き合い、あるがままの気持ちを表現しました。

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境遇を受け入れ、他人を恨まず、自分の生きる道を発見する定時制高校の生徒たちの記録。自分を取り戻しつつある生徒たちの思いは時間を超えても朽ちることなく、心に響きます。

夜廻り猫が泣ける

ちょっとやるせない気分になったとき、こんな猫の声を聞いたら救われるかもしれません。 息長く売れて欲しい本の一つ。

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「夜廻り猫」深谷かほる 著(KADOKAWA

悩んでいる人を探して夜の街をパトロールする猫・遠藤平蔵を描く「夜廻り猫」。遠藤は誰かの“涙の匂い”を察知するとその人のもとを訪れるが、あくまで寄り添って話を聞くだけで、解決はしない。だけど読むと不思議と癒される。

誰かに聞いた話ですが、野良猫の寿命は平均3年なのだそうです。生まれてまもなく死んでしまう子猫の数が平均寿命の足を引っ張っているようですが、それでも野良猫は厳しい環境の中を生き延びていると思うとちょっと切ない気分になります。

そんな野良猫に心配される人間たち。立場が逆転した関係に、現代社会に巣くう心の闇の奥深さを感じます。主人公の平蔵はどてらを着ています。頭には鮭の缶詰をのせてます。懐に抱いているのは行き倒れ寸前のところを平蔵に巣くわれた片眼の子猫。配置された小道具の存在が印象的です。

冒頭のカラー口絵に星降る夜が描かれていて、イギリス海岸の文字が浮かんでいます。それだけで宮沢賢治の存在が強く浮かび上がってくるのがなんとも不思議です。賢治は猫が好きだったのかな。

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 「心が温められたらいいのに」とは・・・心震えるような台詞ですね。

 

シャープの中からの風景 シャープ社員がブログに綴った3年間

ああまた出たかという内部告発本。蟻の目で見た企業の現実。著者の素性が明らかではないことから、読み手の読解記述力(リテラシー)が問われる本です。書かれていることを全部事実とは思わないで「方向性はこうなんだろうな」と思いながら読みたい本です。

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「シャープの中からの風景 シャープ社員がブログに綴った3年間」元シャープ社員A 著(宝島社)

あのシャープの経営危機の中で大きな注目を集め、鴻海の出資後に幕を閉じた、ブログ『シャープの中からの風景』("ライブドアブログ OF THE YEAR 2016"話題賞)の書籍化!

2013年1月、空席が目立つようになった職場の風景にかき立てられるように、ひとりの社員がブログをひっそりと書き始めた――。シャープという巨船が沈みかけたとき、社員はいったい何を思ったのか? 大きく揺れるシャープの内側から見たこと、考えたことを当事者がリアルに綴った、すべての会社員にとって他人事ではない話題作。

「シャープの退職者」を名乗る人物が投稿したブログ『シャープの中からの風景』 はすでに閉鎖されていました。

http://blog.livedoor.jp/zidi/

このブログは、現役社員が社内からの視点で運営しているといわれていました。社内の情報が書き込まれることが多く、社内情報の漏洩や幹部批判がシャープ社員の間でも高い関心を集めていたようです。

自社内で事件が発生しても、職場の間に伝達され共有されることはほとんど期待できないことを組織の中にいる人は誰もが知っています。週刊誌などで報道されて初めて知ることが常識だからです。しかしこうした状態は本書のような形で世間に露出され共有されていくことになるのでしょう。管理部門は小手先の箝口令をひいたり、文書管理を徹底したりという対応を行うものとおもわれますが、それはおそらく大きな意味で筋違いの対応です。

ガバナンスの強化という言葉が昨今はやりとなっています。人の口をふさぐことではなく、課題となった原因を根元から絶つことが肝心なのですが、どの企業でも問題を抱えていることがわかります。

編集で読みやすい構成にまとめていて、現実はもっとゆるく動いているものと思われますが、「(おそらく)事実は小説よりも奇なり」「隣の芝生は青い」ことわざを実感する内容です。

 

教養としての10年代アニメ

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「教養としての10年代アニメ」町口哲生 著(ポプラ社

受講条件は週20本の深夜アニメ視聴!?あまりの本気(ガチ)さにネットを中心に話題となった近畿大学の講義が遂に書籍化!!

教養という概念は「人格は形成されるもの」という考えと結びついている。人格を形成する役割はかつて哲学や純文学が担ってきたが、ゼロ年代(2000~09年)になると、若者に対するポップカルチャーの影響は無視できないものとなった。本書では、「10年代アニメ」(2010年代に放映されたアニメ)を、教養として分析することで現代社会や若者についての理解を深めていく。

<第1部 自己と他者>

第1章『魔法少女まどか☆マギカ』他者との自己同一化

第2章『中二病でも恋がしたい!』自意識と他者の存在

第3章『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。スクールカーストとぼっち

<第2部 ゲームの世界>
第4章『ノーゲーム・ノーライフゲーム理論と社会適応

第5章『ソードアート・オンライン』オンラインゲームと一人称視点

<第3部 未来社会の行方>
第6章『とある科学の超電磁砲』クローン技術とスマートシティ

第7章『COPPELION』生き残りとリスク社会

<おわりに>
世間内存在としてのオタク/メタ視点を欠いた再帰性

若者がほとんどテレビを見ない時代です。放送局の調べによるとテレビを見る世代は50代以降が中心なのだそうです。募集される企画の重点項目は「若年層」なのだとか。スマホで動画をいつでもどこでも・・・という彼らにとって、ネットであろうが放送波であろうがかまいません。(その動きを受けて「ねほりんぱほりん」 みたいな企画も登場しています)一時期ほどの勢いは衰えたものの深夜アニメーション番組は健在で、46本(定時枠で)の新作番組が生み出されていることには改めてビックリです。

2017春アニメ一覧 デカきたスケジュール

 年とともに年齢層は底上げされるので、いずれ老人ホームで一番見られるコンテンツがアニメーションという時代がやってくるかも知れません。送り手である制作者も理解していて、物語の構造やテーマに時代性やメッセージを重視した(幼年層には小難しい)アニメ作品も増えています。過去の作品で提供された「知識」を下敷きにした続編や、視聴者の想像力に訴える「余白」の多い作品の増加は、アニメがもはや限られた年代だけの宝物でないことを示しているように思います。

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50年代からアニメを見てきました。最近、職場で「劇場版アニメ」を見てきたと公言しても白い目で見られなくなった気がします。それは素直にうれしい。

(117)教養としての10年代アニメ (ポプラ新書)

(117)教養としての10年代アニメ (ポプラ新書)

 

著者から❤をいただきました。ありがとうございます。

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広告業界という無法地帯へ

告発本のように見えますが、好きな仕事に寸暇を惜しむ電通>激励本のような気がします。

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 「広告業界という無法地帯へ」前田 将多 著(毎日新聞出版

電通」の理不尽エピソード満載! 「電通新入社員自殺事件」でブログが話題に。
元コピーライターによる激白エッセイ!恐ろしいのは、どこにでもいる普通の人たちだ――広告業界の第一線で働いてきた著者が見た、聞いた、大の大人たちが繰り広げる仕事上のしょーもない理不尽の数々を、ユーモアと屁理屈で昇華する必笑コラム集。

広告業界とは違いますが、放送業界も3K職場と言われます。世間様と違い、制作部門はタイムカードはあるものの定時出社しなくてもセーフです。しかし、放送という「締め切り」に縛られる生活は、日常生活を「放送漬け」にしてしまいかねません。

企画提案前の「ネタさがし」。企画によっては深夜早朝や、普段人が入れないような場所(危険ということです)でのロケ。記者ならば「夜討ち朝駆け」。ロケ現場でのAP(アシスタントプロデューサー)の処遇。3徹はありそうな編集・・・。「鬼十則」は消えてなくならないように思います。

そんな現場の悲喜劇をポジティブに告白した本です。惜しむらくはタイトルが残念。職場である広告業界ディスるような本に見えてしまいます。僕なら「広告業界という無法(?)地帯へ」とでも書いて毒を抜きます。

ブログで書きためた記事を書籍化した内容です。著者は出版後そのことに気付いたらしく。「電通の車内売店に置いたら、昔の知り合いがスルーしている」と告白しています。そりゃそうでしょ。仕事場批判はこの時期最もしてはいけないことだからです。 

monthly-shota.hatenablog.com

 

広告業界という無法地帯へ

広告業界という無法地帯へ