本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

特集番組「人生のしまい方」

本屋ではアドラーブームが続いています(写真3位は「幸せになる勇気」)。

生き方を考える本は根強い人気です。

NHKスペシャル「人生のしまい方」は生き方を考える上で、多くの人たちの関心を集めた労作でした。

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2016年6月18日(土) 0:10 ~ 6月18日(日) 1:00 NHKスペシャルで再放送が予定されています。

www.nhk-ondemand.jp

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「人生の最期、あなたなら誰に、何を伝え、残しますか?或いは残さないですか?今、自分らしい最期とは何か、かつてないほどに関心が高まっています。人それぞれに「生き方」があるように、それぞれに人生の「終い方」(しまいかた)があります。そこには、その人の生き様が色濃く反映され、残された人たちの生き方にも影響を与えます。・・・一人一人の「終い方」に密着します。」

人は最後を迎えるにあたり、どんな思いを持つでしょうか。無口で頑固な79歳の夫が亡くなる数日前に妻に残した最後の言葉は「ようついてきてくれました」のひと言でした。番組では『ラジオ深夜便』と連携して「人生の終しまい方」について考えるエピソードを募集しました。集まった手紙はおよそ500通にのぼりました。

93歳で亡くなった漫画家の水木しげるさんは、亡くなる半年前、突然漫画の執筆をやめ、家族との写真を撮り始めた話。漫画でも遺言でもなく、自分の笑顔の写真が最後の作品になりました。

「見よ良きものは身近にある。幸福はいつも目の前にあるのだ」漫画でも遺言でもなく笑顔の写真を残して旅立った水木さんの言葉が印象に残ります。

末期の食道がんを患う桑原誠次さん(66)は、妻と息子と娘に手紙を書きました。

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「いろいろ尽くしてくれてありがとう」というメッセージは遺された家族の支えになっています。

 

「こと切れるまでの限られた時間に人生の総決算として何をしたらいいか考えていきましょう」落語家の桂 歌丸さんが人生の終い方を考えるようになったのは今から7年前。5代目・三遊亭円楽さんが亡くなる前「歌さん、頼むよ」と言われたことがきっかけでした。

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「頼むといわれた言葉の中にはいろんなことが入っていたんですよね」歌丸さんは覚悟を決めました。腸閉塞などで入退院を繰り返し、肺にも病を抱えていますが、伝統の話芸を守り次世代に伝え遺すまでやめるわけにいかないと語ります。

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末期がんのため35歳でこの世を去った小熊正申さんは、二人の子どもに困難に直面しても「立ち向かうこと」「諦めないこと」という言葉を遺そうとしました。

「頑張れよという言葉は出てくるんですけど、それ以外の言葉が見つからない。ひとつのことに一つのことを返すことはできるけど、伝えたいことが山ほどある。これから一緒に経験を積んで教えていきたいことがたくさんありすぎる」

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どんな言葉を残せばいいのか探し続けた小熊さんは、亡くなる4日前、残された力を振り絞り家族旅行にでかけ、家族で食卓を囲み思い出の時間をすごしました。4年生の息子の記憶には「(パパは)天国からきっと見ていると思う」という言葉が生き続けています。

 

高松ハツエさん(90)は50年居酒屋を経営してきました。末期の肺がんと診断された高松さんは軽度の知的障害を持つ娘(66)を気にしながら旅立ちました。高松さんが亡くなったあと常連客が「しのぶ会」を開いたのです。娘を案ずる高松さんを常連客たちは見ていました。 高松さんは人の輪を残したのです。

 

自分が弱った時や苦しくなった時に、自分の弱いところを人にさらせる人は、ほんとうは強い人なのではないかと思います。ドキュメンタリー、とくに人を題材としたドキュメンタリーをつくる際「テレビにでてもいいよ」と制作者を受け入れてくれる人の強さを思います。

 

テレビは人の不幸を食い物にするといわれます。
争いや事故、災害ですべてを失ってしまった人。
まっとうな生活にあいた隘路にはまり込んでしまった人。
限られた余命を生きる人。
制作者は「いま」「なぜ」という言葉をいいわけにして、不幸や不運を抱えた他人の人生に踏み込みます。
制作者に与えられた表現の持ち時間は限られています。
限られた条件の中で、制作者が着地点として選ぶのは、他人の人生を変えた要因です。
人生ではなく、それぞれの人生を変えた要因に向かうことで、制作者自身は傷かずにすむからです。

ところが、拳をふりあげる要因がない人生もあります。ありますというより、たいていの人生はつつがなく日常を過ごす穏やかなものです。
要因がない、平凡な人生を描く時、制作者はよりどころを失うことになります。

 

「人生のしまい方」は、ふつうの人の人生と向き合う番組です。生き様を描く番組といってもいいかもしれません。

tanazashi.hatenablog.com

番組の軸をつくるため、進行役は落語家の桂歌丸さん(79歳)がつとめています。
入退院を繰り返し、そろそろ引き際を考える歌丸さんの話から、ふつうの人生を聞き取るためには、話の深いところにまで耳を傾け、静かにうなずき、撮影を続けることしかないように思いました。

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個人情報の重みが高まる中、登場した人たちは、まるで家族に語りかけるように制作者という他人に心を開きます。抱える苦痛を分かち合いながら、制作者は記録した素材の中から番組というメッセージを紡ぎ出すのです。

つながることがますます困難な時代を思います。
「人生のしまい方」はしまう側の話というより、残された人たちにつなぐ生き方の話なのでしょう。

ディレクター 原拓也堀内健

制作統括 天川恵美子 福田和代 

 

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