本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

女子高生アイドルと東大生

放送に関係がある本が出版されると、優先的に並べるのがこの書店の流儀です。「アイドルと東大生という思い切った組み合わせが気になる」といって、書店員は本の山を積み上げます。

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より強度のある紙の橋を作れ。こんなお題に、モデルやアイドルの女子高生が東大生に圧勝してしまった。東大生がまず黒板に向かったのに対し、アイドルたちはとにかく手を動かしていた。

Eテレの名物番組「すイエんサー」は「科学の営みのプロセス」を伝える異色の番組です。科学番組というと知識をわかりやすく解説する「クイズ番組」のようなものが一般的ですが、この番組は答えを探し出す過程・プロセスを「ああでもない、こうでもない」と迷いながら導き出して行きます。


 

「ゆで卵の黄身をど真ん中に」「茶柱を必ず立てる」といったお題に、科学の知識を持たない若い女性たちと大学生の二組が台本なしのぶっつけ本番で挑みます。

この番組のおもしろいところは、知識が豊富なはずの大学生に対して、若い女性が大健闘する点です。黒板に向かって考え込む大学生に対して、彼女たちはあれこれ考えてはひたすら試します。おしゃべりしながら考えて時には後戻りすることもあります。そうこうしているうちに回答を導き出してしまうのです。

モデルやアイドルの女子高生たちが知力のガチンコ勝負で東大生に勝つなんて、思ってもみませんでした。ところが圧勝。調子に乗って京大生に挑んだら、また圧勝。北海道大、東北大も入れた全国大会を開いたら、何とここでもトップになりました。 

 

出演する若い女性たちは少しだけ負けず嫌いで粘り強さがあるところを除けば特別な人たちではありません。なぜ勝負に勝つことができたのでしょうか?番組担当の村松秀プロデューサーは彼女たちの健闘ぶりをこう語ります。

 彼女たちがなぜ勝てたのか。疑う、ずらす、つなげる、寄り道する、あさっての方を向く、広げる、笑うといった方法で思考を豊かにすることを僕らは「グルグル思考」と呼びますが、これを番組を通じて身につけたからではないか。東大生は豊富な知識と賢さゆえ直線的思考から抜けられないのに対し、彼女たちは知識や先入観がないこともあり、無駄にも思えるグルグル思考をいとわないのかもしれません。

2009年にはじまったこの番組は、科学とは単なる知識や結果ではなく、考えるプロセスなのだと感じてもらおうと村松プロデューサーが企画した番組でした。

 

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村松プロデューサーは、「環境ホルモン」の番組制作に関わったほか、米国で起きたヘンドリック・シェーンの捏造問題を取材した「史上空前の論文捏造(ねつぞう)」で2007年科学ジャーナリズム賞を受賞した経験があります。科学の最先端を深く知るにつれ「研究結果への過剰なこだわりや期待」に対する問題意識や「科学とは知識だという教え方になっているのではないかという疑問」を感じていたといっています。

科学知識を映像でわかりやすく伝えられるのはテレビの良さではありますが、僕自身はあくまでも科学するプロセスにこだわりたい。そして、テレビは、プロセスを見せるのに実は格好の媒体ではないか、そう思っています。

番組制作者の狙いを深く知るためには、テレビと活字とを併せて見ることが大切だ。書店員の狙いは本の山の高さが物語っているようです。

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