70年たった今も世界から戦争の惨禍は消えません。正義のための戦争なんてものはありません。いったん戦争が起きてしまえば残虐なことも平気で行われ、それが正当化されてしまいます。戦争が何をもたらすのか想像することは、奇跡的に戦争という悲劇に巻き込まれずに発展を遂げてこられたわが国の将来を思うことにつながります。
出版社が手を携えてイベントを組むことはそんなに多いことではありませんが、著者と出版社の組み合わせにひかれて、新刊本のトークイベントに行ってきました。
会場となったのは、神田の東京堂書店神田神保町店のホールです。ことの発端は日本学術会議が今年5月20日、軍事研究のあり方を考える「安全保障と学術に関する検討委員会」の設置を幹事会で決定したこと。これに先立ち同会議の大西隆会長が4月の総会で自衛目的の研究を容認する考えを示したことでした。
科学の軍事利用は過去に様々な教訓を刻んできました。軍事目的の研究が下敷きとなって、生活の利便性の向上につながった例も枚挙にいとまがありません。軍事という大義名分で潤沢なヒト・モノ・カネの資源が利用できることから、科学者の中には破壊を主たる目的とした軍事研究に手を染めてしまうという流れです。
文科省から予算を受けながら、ことさらに研究費の配分を期待する学問のありかたとはいったい何か。国防に関する機密研究がビジネスの一環として外国に流出する恐れはないのか。核の抑止力が世界戦争の歯止めとなっている現代社会で、期待される軍事研究とはいったいなにか。科学、ジャーナリズム、評論の三つの立場から、知らないうちに深く進行中の事例を聞くことができました。
トークショーはネットでも確認できます。
160817 いつのまにか、戦争? ―話題の新書、3著者が語る - YouTube
・会場の様子、登壇者は左から東京新聞社会部記者の望月 衣塑子(もちづき いそこ)氏、天文学者の池内了(いけうち さとる)氏、哲学者の西谷 修(にしたに おさむ)氏。司会は精神科医の香山リカ(かやま りか)氏。
・池内氏は、 きっかけとなった日本学術会議の軍事研究のあり方を考える「安全保障と学術に関する検討委員会」の設置と、大学研究機関の防衛研究への関与の現状について解説。
望月 衣塑子氏は、日本の軍事関連企業の動向を報告。
・昨年5月横浜市のパシフィコ横浜で開かれた。英民間企業主催の『MAST』と呼ばれる海軍関係で世界最大規模の見本市*1の取材をもとに、防衛装備品(いわゆる武器のこと)の海外等に向けた商談と、日本企業関係者の本音についてリポート。
・防衛関連の研究をつづけている企業の関係者は「戦争に荷担しているといわれただけで本業に風評がたつことから積極的に関与しづらい」「わが国が設計した潜水艦などは機密(音が出ないポンプなど)の固まりであり、輸出が成立すると、相手国は技術を解析してしまうだろう。例えば潜水艦が察知されないように、特殊な鋳物を部品として使用するが、その部品は特許が取れない。なぜかというと特許を申請した段階で秘密が公の物になってしまうから。だから研究は非公開ですすめなければならないのが現状だ」と取材した望月氏は語る。
・哲学者の西谷 修氏は、歴史をさかのぼって「戦争」の定義をおこない、核抑止時代に世界戦争が禁じ手となった今、戦争の実態は国家間から国家対個人に移り、「テロとの戦い」という矮小化が行われていると指摘。日本は世界秩序の中で半ば強制的に「戦争ができない唯一の国家」にさせられてしまった。しかし、翻って見ると「奇跡的な非戦の理想を経験している国家であり、戦争に荷担することは一段下がることを意味する」と語った。(フランスは自国で発生した無差別テロとの闘いのためシリア爆撃でISを叩いているが、実行犯はフランス国内にいるので、叩くべきはフランスだという指摘は、戦争が笑えない冗談になっていることを物語っている)
総じて、国側は防衛を経済活動の一環と捉え、防衛産業の尻を叩いて「商売に励まさせよう」、「もっと稼いでもらおう」という姿勢です。いっぽう「荷担」させられる企業側の口は重く、取材は困難したといいます。「国家の秘密」を扱うわけですから企業にとっては「口は災いの元」です。
ただ、商売に携わる人たちの全員が「死の商人」然としているかというと、そうとも言えないようです。取材に応じた関係者やその家族の中には、倫理面も含め軍需産業への関与を理性的に捉える人も少なくないようです。「私がつくった兵器で人が死んだらやり切れない」という心理は、長く平和の中で技術を育んできた日本人の心に深く広がっているからかもしれません。事は急に動くことはなさそうだと思いました。しかし、カネやモノの次に来る人の面(つまり徴兵研究)でも水面下の動きが進んでいるらしいのでそっちの方が気がかりです。
昂ぶった気持ちのバランスを取るため「シン・ゴジラ」を見ました。こちらは官僚の生態がリアルすぎる点が笑えます。防衛出動の命令を巡って指導者たちがぎこちなく動く様はさもありなんです。庵野監督が描いたゴジラはおそらく宮崎駿の巨神兵です。寓話のような結末を迎えないためにも、気持ちは理性的でありたいと思います。
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