新しい本に出会うには、選者が薦める本を手に取るのが早道です。
「あしあと」勝目梓 著(文藝春秋)
その言葉通り珠玉の十篇を収めたこの作品集は、官能と文学の新境地をさらに切り拓く一冊だ。ある者はこの世に起こり得ない不思議と遭遇し(「万年筆」「あしあと」)、ある者ははるか彼方に封じていた記憶を呼び起こし(「記憶」「橋」)、ある者は倒錯の性に搦めとられていく(「人形の恋」「影」「秘技」)……。
作品の年代は戦前から現代までと様々だが、作者自らが目にしてきた時代をそれぞれに切り取り、作品の奥行きをさらに広がってゆく。いずれも夢とも現実ともつかぬ時空を自在に往来し、エロスを妖しく漂わせる、まさに名人芸の粋に達した佳品ばかりだ。作家の逢坂剛氏も「創作意欲の衰えなどみじんも感じさせぬ、逸品ぞろいの作品集に仕上がった。勝目さんの小説は、とても傘寿を超えた作家とは思えぬほど若わかしく、清新な感性に満ちあふれている」(文藝春秋「本の話」)で惜しみない賞賛を送っている。
短篇小説を極めた本物の作家、渾身の作品集が見事に誕生した。
92歳の認知症の女性の回想録「ひとつだけ」、亡き祖父の悔恨にみちた戦争画を巡る「秘儀」、ふしだらな女性が出会う本物の愛「あしあと」など10編を収めた秀作集。物語と技巧のあくなき追求、性の貪欲な探求、犯罪の優れた分析、人生の諸相の冷徹な観察など、勝目梓の長所がすべて詰まっている。
「はじめての短歌』 穂村弘*2 著(河出書房新社)他
短歌とビジネス文書の言葉は何が違う? 共感してもらうためには? いい短歌は社会の網の目の外にある。穂村弘のやさしい短歌入門。
いい短歌を具体的に指南する入門書的な講座の記録。改悪例も示すことで、言葉一つ一つの採用や置き方がいかに重要であるかを教えてくれる。そしてそれは同時に制度化された感受性の確認と解放にも繋がる。「生きる」と「生きのびる」ことの違いを語るくだりは秀逸。相変わらず目から鱗の穂村本だ。
「永遠の1/2」佐藤正午 著(小学館)他
田村宏、27歳。“失業したとたんツキがまわってきた”とはいうものの競輪の儲けで暮らす失業者……。競輪場でやけに脚のきれいな元人妻・良子と知り合うが、その頃から宏そっくりの男が街に出没、次々に奇妙な事件にまき込まれていく。青春の日の陰りと明るさを日常感覚のリズミカルな言葉でとらえる長編小説。第7回すばる文学賞受賞作にして鮮烈なデビュー作。
類いまれな小説巧者の1983年のデビュー作。「失業したとたんにツキがまわってきた」という名書き出しから始まる青春小説の古典だ。後のほれぼれするほどの名作たち(『Y』『アンダーリポート』『身の上話』)と比べるとやや冗舌ではあるものの、軽みと青春の輝きはいまもなお新鮮。