本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

土の記 上下巻

一定の読者層がついている作家の新刊本です。作家の着眼点に関心が集まりました。

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「土の記」高村薫 著(新潮社)

「新潮」2013年10月号から始めた連載小説。東京の大学を出て関西の大手メーカーに就職し、奈良県は大宇陀の旧家の婿養子となった伊佐夫。特筆すべきことは何もない田舎の暮らしが、ほんとうは薄氷を踏むように脆いものであったのは、夫のせいか、妻のせいか。その妻を交通事故で失い、古希を迎えた伊佐夫は、残された棚田で黙々と米をつくる。

高村薫氏といえば社会派ミステリーのイメージがあります。ところが、新作のテーマとなったのは自然と農業でした。

一方で、この小説は作家のコントロールを超え、人間をはじめ様々な生ける物が持つ艶やかな「気」が随所に漏れ出す。古事記日本書紀とも縁が深い宇陀の地で、鳥は飛び、カエルは鳴き、棚田は耕され、太陽は照り映える。冷徹な作家が思わず、大地に足をつけた人間の営みの甘美さに溺れかけている。

 だが、最後にその魅惑的な土の世界を突き放す。戦後1600万人と言われた農業人口は、現在200万人に減り、平均年齢は66歳を超えた。作家は、土の世界を軽んじる現代人を憂え、長編の結末を峻厳しゅんげんに閉じざるを得なかった。

http://www.yomiuri.co.jp/life/book/news/20160726-OYT8T50091.html

新潮社のサイトに「波:高村薫・インタビュー 死が折り重なりエロスが濃く漂う場所」という広告特集が掲載されています。その中で高村氏は「ふんだんに死を描きながら陰惨なところが全く見られないのは何故だろうと不思議に思いました」と問いかけられてこう答えています。

こうした日本の原風景のような世界では、生と死が分かちがたいものだからでしょうね。生と死はこの国ではもともと地続きでした。あたかも、土壌の有機成分が動植物の折り重なる死によって出来ているように、です。だから田舎で暮らしていると死は特別なものではない。先祖の墓が家のすぐそばにあって生活の一部となっているのです。

高村薫・インタビュー 死が折り重なりエロスが濃く漂う場所 | インタビュー | Book Bang -ブックバン-

ラストにあっと驚く仕掛けが待ち構えているようです。そう考えるとやはり高村氏本来の魅力はミステリーなのかもしれません。

 

書評欄より

21世紀の混迷の時代に、人が息しにすることの意味を。本書は定員観測のような水と土の自然の営みに没入することから捉え直そうとしているのではあるまいか。(文芸評論家・清水良典:日経新聞2017.01.22)