本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

「えんとつ町のプペル」を手に入れる

いろいろな意味で今話題の本です。2,000円という価格は出版のあり方を考える意味でも面白い設定です。一冊だけ手に入ったので早速読んでみました。

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「えんとつ町のプペル」にしの あきひろ 著(幻冬舎

ペン一本で描いたモノクロ絵本で世界を圧倒したキンコン西野が、業界の常識を覆す完全分業制によるオールカラー絵本!  

えんとつ町のプペル

えんとつ町のプペル

 

作品論よりも売り方の話題が先行している書籍と聞きました。初見の印象は、ブレードランナー的とでもいうのでしょうか、ダークファンタジーの世界観が漂います。主人公が暮らす世界は細密に描かれていて、人力で描いたのであればなかなかの労作です。

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「時間をかけて細かく描く」という作風を支えたのは、メインイラストレータ*1をはじめとしたスタッフです。 本作は作品論が語られる前に、売り方つまり商売が先行して話題に上ったことからややこしいことになりました。「スタッフの名前が伏せられていることで、制作したのは本人一人と誤認させられる」とか「書籍を無料公開することは他のクリエィターの生活を脅かす」とか大騒ぎです。

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大勢のスタッフが分業でコンテンツの制作に携わる番組の世界では、あまり話題に上らないテーマが騒ぎの元になるところにメディアの違いを感じます。

気になったのは論点の一つである「無料公開の是非」です。「フリーミアム」という新しいビジネスモデルを提唱したクリス・アンダーソンの著書「フリー」によると、情報商品は時間とともに限りなく価格がゼロに近づくのだそうです*2その観点から見ると、価格が破壊されることを前提に「世論を煽る」作者の姿勢は理解できます。

 

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

 

 

作家が非難の集中砲火を浴びたのは「態度」でしたが、作家の置かれている現状もまた騒動から明らかになりました。 

ブラよろとは「ブラックジャックによろしく騒動」のことです。発行部数は1000万を超える人気漫画「ブラックジャックによろしく」の作者である佐藤秀峰さんが全巻を無料でウェブ公開したという事案です。顛末をまとめたブログを見る限り、作者の抱いた絶望感も氷山の一角のようなものなのかもしれません。出版業界の体質の方に議論すべき問題があるように感じます。

suzumi-ya.com

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ブログを見る限り、やや作家よりで編集者側の言い分が見えないところがあります。編集者側からいわせると「アイデアを一緒に考えたり、資料を提供したり、冗長な部分にはダメを出したり、わがままな作家の機嫌をとったり」と、苦労はあるのだという反論が帰ってきそうです。

しかし、世の中の流れは作家から消費者へコンテンツ直配に向いています。紙の本だけが唯一のコンテナではなくなりつつあります。ですから旧来型のコンテンツの作り方、流し方ではいつかたち行かなくなる時が来ると作家たちは感じ取っています。動き出した作家たちの行動を評価すべきではないかと思います。

 

*1:六七質さん。イラストレーター。町並み、工場、廃屋、巨大建築物などをモチーフにするのが好き。https://twitter.com/munashichi?lang=ja

*2:●無料のルール
1.デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる
2.アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない
3.フリーは止まらない
4.フリーからもお金儲けはできる
5.市場を再評価する
6.ゼロにする
7.遅かれ早かれフリーと競いあうことになる
8.ムダを受け入れよう
9.フリーは別のものの価値を高める
10.稀少なものではなく、潤沢なものを管理しよう。