本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

#田中厚生「京都「私設圖書館」というライフスタイル」

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「京都「私設圖書館」というライフスタイル」田中厚生 著(コトコト)

伝説の漫画家として知られるつげ義春。彼の代表作「ねじ式」を子どものころ読んで以来、彼の魔術的な世界観から抜け出せずにいます。描かれている世界は昭和30年代。戦争が終わり、経済成長がまだ始まる前の重い湿気を含んだ布団部屋のような空気が漂う世界です。描かれている人物はどこか頼りなさげな生活感のない人が多いのは、作者自身の人生が透けてみえるからかもしれません。

そんな記憶が本書のタイトルを見た瞬間、頭の中に浮かんで消えました。

著者が45年もの間携わってきたのは、民家の一部を改造して作ったレンタルスペース業。机と椅子を時間貸しする商売です。いわば有料の自習室。今風に言えばシェアオフィスです。

タイトルを見ると公立図書館のように大量の蔵書を抱えた個人図書館を思い浮かべてしまいますが、それは間違いです。

http://shisetsu.life.coocan.jp/

それは動機を見ればわかります。

当時、学生だった館主も大学を卒業したものの、素直に 企業に就職する気にはなれず、 「なんとか好きな書物にかこまれて、なおかつ、わずかで   いいから生活の糧をえられる道はないものか」 と模索していました。 そうして想いついたのが、この「私設図書館」だったのです。したがって、当初は看板どおり、本好きのたまり場としての
「私設」の「図書館」でした。

目的と手段とが見事にすり替わっています。

書籍を読むため場所を提供するのではありません。あくまで場所が主役。

それが証拠に主役であるべき書籍はいつの間にか自習の邪魔になるからという理由で、姿を消してしまっています。

書館は本来 公に設けて その所蔵する万巻の書物 書館は本来 公に設けて その所蔵する万巻の書物 を広く一般の閲に供し また同時に読書・勉学・思索する場を提供するものであります しかし現在その任が充分にはたされているとは言い難く 前者もさることながら 後者の目的においてその感を強くします。

つげ義春の作品に石を売る男の話がありますが、なんとなくその主人公が思い浮かびます。生業に就く気力も体力もない男が、元手がいらないからと言う理由で河原に落ちていた石を拾い集めて商売を始めようとする物語です。その動機の危うさに似た空気を感じます。

この生き方に注目が集まったのはなぜでしょう。それはおそらく今の日本に漂う空気に答えがあるような気がします。そうです「縛られない生き方」。働き方改革が叫ばれ、副業が解禁される今の日本では「自分のやりたいこと」を掘り下げることの方が何より価値があります。

くわえて技術の進歩がその生き方を支えてくれます。百人に一人しか関心を示さない商品であっても、ネットで世界に発信することで百分の一しかいない人たちを千分の十、万分の百、十万分の千と増やすことが可能になりました。千人もいればマーケットとして成り立つのです。

ゼネラリストよりもエキスパート。その生き方を身を以て示し続けてこれたことに意味があったのです。

時代が求めるのライフスタイルを知る上で、パイオニアとも言える先駆者の評伝として見ると気づきの要素が満載された本です。