本屋は燃えているか

ブックストアの定点観測

陸前高田を見つめる写真集

震災報道の番組には様々な切り口があります。しかし風景の記録という視点で伝える番組はそんなに多くありません。定点観測という手法で描くという手がありますが、着地の難度が高いことからおいそれと提案できない類いの番組です。

本日登場した写真集です。 

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 陸前高田 2011‐2014」畠山直哉 著(河出書房新社

世界的に高い評価を得る写真家・畠山直哉東日本大震災による津波で母を失った彼が、震災直後から撮り続けてきた故郷・陸前高田の写真を集大成。カラー71点のほか、長文エッセイを収録。

駆け出しの頃、評価の定まらぬ人物を伝えることになり、方向性も定まらぬまま取材を始めたところ案の定壁にぶち当たりました。取材を重ねてもその人物の姿が描けないのです。そのとき、同行した年輩のカメラマンからいただいた言葉が迷路を脱出する糸口になったことを思い出します。

「(人物に寄り添って)定点観測しよう」

カメラマンの提案は、その人物の日常生活をビデオにそのまま記録しようという提案でした。ふつうの番組は事前取材で撮るべき内容を固めてシーンを撮っていきます。描くべき内容をあらかじめ絞る作業は推敲作業に似ています。しかし今回は、とにかく撮ってその中から何かを見つけようという訳です。予定調和を捨てて偶然への賭けに託すというやり方は、思いもよらない撮り方だったことを思い出します。

 

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家の前の土手の、コンクリートの階段に腰を下ろし、気仙川の水面や遠くの氷上山を眺めていると、子供の頃からずっとこうやってきたのだという安息に満たされるが、その気分を自分ですぐに否定しなければならないことが、いまではつらい。後ろを振り返れば、そこにあるはずの懐かしい家や樹木や町並みは消えており、ただ雑草の生える地面が遠くまで続いている。その空っぽな光景が事実なのだと、無理矢理にでも認めようとすれば、この自分が以前と同じ自分なのかどうかは、急に疑わしいものに思えてくる。

 いったい時間や歴史とはなんのことだろうか? 時間や歴史とは、時計の運針や年表のようにしてあるものだろうか? いや、そんなことはあるまい。だいいち自分が大津波の直後に過ごしていた重たい時間を、普段の時間経験と同じものとして理解することが、僕には全然できない。あのときの時間は、時計やカレンダーなどが表しているものとは、まったく違う何かだった。
──畠山直哉陸前高田 バイオグラフィカル・ランドスケイプ」(本書所収)より

 

この作品を見て、思い出したのは「事実は小説より奇なり」というありふれた言葉でした。自分が今見ている現実は、簡単に割り切れる部分があるかもしれないが、それ以外の割り切れない要素の固まりであるという姿です。割り切れない部分の中には、たまたまその瞬間だけではたどり着けない回答も含まれます。音楽で言えばアナログレコードで聞く音楽と携帯プレーヤーで聞くMP3の音楽の差のようなものかもしれません。割り切れない情報の積み重なりや差分の情報の中からおそらく聴く人は状況の持つ切迫感を感じることができるのではないかと思います。 

 

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おそらく、1枚1枚の絵だけでは伝わらなくても、ジグソーパズルのようにおびただしい瞬間が積み重なることで、見えてくる輪郭があります。「震災の傷は時間とともに癒やされる」というとらえ方もあるでしょうし、その逆「政治の無策が故郷の生活を破壊した」というものもある。祭りの景色に復興の希望を感じ取るのも自由です。しかし、その選択枝を見る側に提供できるのはその現場に立ち止まり、シャッターを切り続ける人しかいません。 

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番組はその人物のありのままの日常を放送サイズに編集して終わりました。起承転結のある見慣れた番組とは異なるつくりとなりましたが、その人物の電話対応の様子や、日常のしぐさなど、ニュースなどでは伝わらない「地の部分」いわゆる影の部分が見られて興味深かったという評価を得ました。 

自分がものを言うための道具として撮るのではなく、撮り続けたものの中に発見するという謙虚な姿勢を写真集は教えてくれる気がします。 

 

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陸前高田 2011‐2014

陸前高田 2011‐2014

 

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畠山直哉 1958年陸前高田市生まれ。筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。1997年木村伊兵衛賞受賞。著書に『Underground』(メディアファクトリー)、『話す写真』(小学館)などがある。

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