書店の個性をつくるのは新刊本や単行本の棚ばかりではありません。
ベストセラーの再登場。どこでも手軽に買える大衆本。という印象の強い文庫ですが、息の長い人気を持つ個性的な作品が多いのも文庫の特徴です。
放送局で働く人の中には、文才のある人もいて、そうした人が書いた本が放送局の人に読まれるという、蛸が足(といっても他人のタコ足ですが)を食べるような売れ方がよく起こります。
この書店がイチオシする文庫本がこの本。
時代考証辞典ともいえる本です。
内容はというと、
織田信長がいくら南蛮かぶれでも、望遠鏡を使わせたらドラマは台無し。「花街」を「はなまち」と読ませたり、江戸っ子に鍋料理を食わせようものなら、番組の信用は大失墜。斯様に時代考証は難しい。
とあるように、時代劇など歴史に絡むテレビ番組は常に間違う危険を抱えています。事前に間違いがないかどうか確認のお手伝いをするのが時代考証の役目なのです。
では誰が担当するか?著者は大学の学者ではありません。
放送局には番組制作という仕事柄、一つのテーマを一年中追いかけてまわります。手に入れた素材の裏をとるため研究者たちの意見を聞くこともよくあります。門前の小僧のように、その道の専門家にも一目置かれる人は少なくありません。
本書の著者は古典芸能番組、教養番組部等を経て、時代考証の専門職になった経歴を持つディレクターです。
地方にいたときは色々です。東京に戻って古典芸
能をやっているうちに,だんだん時代考証癖が出て
きて日本文化に関する美術番組とかをやりました。
元々「ここにある物があるが,いかなる由来・過程に
より,この形でここに存在しているのか?」を考える
のが好きでして。その後京都に転勤したのもラッキー
でした。お寺のお坊さんや老舗の漬物屋さんの若旦
那と仲良くなって。やっぱりそういう人たちは本職で
すから,物事の昔の様子を聞くのが楽しかった。
書店員は放送局員が著した本が出版されると聞くと、最優先で部数を確保します。顔見知りの同僚が出した本は瞬く間に職場の評判になるからです。
番組は録画保存という手段はありますが、制作にかけたある種の熱気は放送と同時に消えてしまいます。出版という形で残された記録は制作者の共感を呼ぶからかもしれません。
時代考証は法律と違いまして,疑わしきは死刑
なんです(笑)。出さない方がいいんです。
無理に出したら,絶対どこかおかしくなりますから。
大森 洋平
昭和34年、東京都生まれ。東北大学文学部西洋史学科卒業。NHK入局後、古典芸能番組、教養番組部等を経て、平成11年より時代考証業務を担当。「シニア・ディレクター(考証担当)」だそうです。これは他には誰もいないので一人だけの職分。