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平成29年度 第20回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門 受賞作品

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平成29年文化庁メディア芸術祭 大賞受賞作品が3月16日発表されました。「君の名は。」や「シン・ゴジラ」が受賞しました。マンガ部門は「BLUE GIANT」が大賞を受賞しました。

大賞「BLUE GIANT石塚真一

ジャズに魅せられた少年・宮本大が一流のジャズプレイヤーを目指す「青春ジャズ成長譚」。仙台に住む大はバスケ部に所属していた中学の時、友人に連れられて見たジャズの生演奏に心打たれ、ひとりサックスの練習を始める。楽譜は読めず、スタンダードナンバーも知らない。ただまっすぐ突き進み、雨の日も猛暑の日も広瀬川の川原で毎日サックスを吹き続ける大の演奏に、徐々に人々は惹かれていく。高校卒業と同時に、大は「絶対にオレは世界一のジャズプレイヤーに、なる」という決意を持ち上京する。同年代で非凡な才能をもつピアニスト沢辺雪祈、大の同級生で2人に追いつくために猛練習を重ねるドラムの玉田俊二とともにトリオ「JASS」を結成した大は、互いに切磋琢磨しながら必死に演奏し、有名バンドの前座として大舞台に立つなど反響も日に日に大きくなっていく。彼らのライブに足を運ぶ客の数も増えていくが、雪祈のもとに思わぬオファーが舞いこんだことをきっかけに、トリオは新たな局面を迎える。『岳─みんなの山─』で知られる作者の迫力溢れる筆致により紙面上で音が鳴っているように感じられる意欲的作品。

受賞理由

荒削りながら得体の知れない迫力で周囲を圧倒する主人公のように、本作はJAZZを知る人も知らない人もぐいぐい惹きつけて大賞に輝いた。だが作品自体はけっして荒削りではなく、外連味のない魅力が用意周到に発揮されている。音が出ないというマンガの性質を逆手にとった即
興演奏の描写がその一例である。爆発した情熱が音楽として輝く奇跡のような瞬間、メンバー同士の丁々発止のやりとり、その現場に立ち会った聴衆との交感は、この作品の白眉である。これが歌詞のある音楽や、あるいは漫才や落語のような言葉を操る表現をテーマにした作品だったら、ここまでテンポよく描いて読者を感動させるのは難しいのではないか。また、己の才能と現実の壁、人との出会いや相克という普遍的かつリアルなテーマも、魅力的なキャラクターを一人ひとり丁寧に描くことで、読者の胸を打つ作品へと結実させており、本年度の大賞にふさわしい作品であると判断した。(古永 真一)

 

BLUE GIANT 10 (ビッグコミックススペシャル)

BLUE GIANT 10 (ビッグコミックススペシャル)

 
BLUE GIANT SUPREME 1 (ビッグコミックススペシャル)
 

 

優秀賞「総務部総務課 山口六平太」高井研一郎

「サラリーマンの応援歌」と呼ばれ、長年愛されてきた作品。主人公・山口六平太は、うだつの上がらないように見えるサラリーマンだが、じつはどんな問題も独自の解決法で切り抜ける「スーパー総務マン」である。職場である自動車メーカー・大日自動車株式会社の総務部総務課は「なんでも屋」として、他部署からさまざまな依頼が舞い込む。持ち込まれるトラブル解決を軸とする1話読み切り型のヒューマンドラマで、時にはサラリーマン社会のさまざまな問題もテーマとして扱う。悪口と嫌味ばかりだが憎めない有馬係長、人はいいが優柔不断な今西課長、なぜか六平太と馬の合う田川社長、六平太の婚約者であり社長秘書の吉沢小夜子、同じ総務課の同僚など、六平太を取り巻くキャラクターも魅力的に描かれ、幅広い読者の共感を得た。2016年11月、作画担当の高井研一郎の急逝により30年に渡る連載に幕を下ろした。

受賞理由

架空の自動車会社を舞台に「超凡人・ある意味スーパーマン」の山口六平太がさまざまなトラブルを解決する。そのキャラクター造形は均一な太さの線で柔らかみを帯びており、親しみやすさを醸し出している。六平太だけでなく、嫌味ばかり言っている上司の有馬係長でさえもその描線のもとでは愛らしく見えてくるほど。一度も休載することなく、いつしか連載30年、単行本81巻一千万部超え。「サラリーマンの応援歌」と謳われ、不動の人気を誇っていた本作は2016年11月、作画者、79歳の高井研一郎の死去により唐突に終了した。ぴったり60年間、現役第一線を走り続けた「マンガ人生」は見事というほかはない。原作の林律夫についても、本作におけるその功績は大きい。時代の
社会情勢を反映させながら、六平太以外の人間模様も描かれ、まさしくヒューマンドラマの名にふさわしい作品に仕立て上げられている。この作品が長きにわたって描き続けられていたことで、多くの社会人の励ましや癒しとなっていたに違いない。(みなもと 太郎)

 

総務部総務課 山口六平太 81 (ビッグコミックス)

総務部総務課 山口六平太 81 (ビッグコミックス)

 

 

優秀賞「未生 ミセン」ユン・テホ

韓国を舞台に会社員の哀歓をリアルに描き出した群像劇。「未生(ミセン)」とは韓国特有の囲碁用語で、「死んでもいないし、生きてもいない石」を意味する。主人公のチャン・グレは囲碁のプロ棋士を目指し、弱冠10歳で韓国棋院の研究生となった。だが、プロ入りに失敗し棋界を去ることになった彼は、流されるまま縁故で大手総合商社のインターンシップとして働きはじめる。そして一筋縄ではいかない上司や、それぞれの思惑を秘めたインターンの同期と向き合いながら、正社員採用を目指す。満足な職歴も学歴もない彼が、囲碁で培った思考力を武器に、会社という盤上で碁を打つ。実際の棋士たちの名勝負と重ねあわせながら、日々仕事に葛藤する「会社員」の姿と韓国の現代社会が描かれている。作品は最初にウェブ上で発表され、2014年には韓国でドラマ化され、社会現象となった。日本でも2016年に『HOPE ~期待ゼロの新入社員~』としてドラマ化されている。

受賞理由

読者はまず絵を見る。マンガ家は絵に自分らしい特徴を持たせるため研究したりするのだが、不思議なことになぜか国によって拭えない特徴が出る。このマンガもそうだった。作者の名前を見るまで、どこか近寄りがたくも新鮮さを感じた。画力のある絵と物語に引き込まれていく。
かつての囲碁の天才少年が商社で働くというのは、夢物語のようでありながらも、現代韓国の若者の問題が内包されているのが透けて見える。登場人物たちは時に負け、時に勝ちながら、囲碁の手を進めるように進んで行く物語の構成力が素晴らしい。韓国や日本でドラマ化され、特に韓国では社会現象を起こした作品であると前評判も高かった。学歴社会や経済成長のひずみに落ちた主人公に共感したのかもしれない。日本でも同じような状況が続いて久しい。バブルは遠い夢物語になり、「悟り世代」と呼ばれる日本の若者たちにも、小さな碁盤の上のような社会の勝負を見て欲しい。(犬木 加奈子)

 

未生 ミセン(1) (KCデラックス)

未生 ミセン(1) (KCデラックス)

 
未生 ミセン(9)<完> (KCデラックス)

未生 ミセン(9)<完> (KCデラックス)

 

 

優秀賞「有害都市」筒井哲也

表現規制」をテーマに、現代社会における表現の自由の問題に一石を投じる作品。2020年、オリンピックを目前に控え、「浄化運動」と称した異常な排斥運動が行なわれ、猥褻なもの、いかがわしいものを排除するべきだという風潮が強まっている近未来の東京が舞台となっている。そこでは、マンガも過激な性表現、暴力・残虐表現、反社会・反
権力的な描写が含まれていると、「有識者会議」によって青少年に悪影響を与えるとされる「有害図書」に指定され、販売が規制されるようになっていた。そんな状況下で、「食屍病」という人の屍肉を食べたいという抗しがたい欲求にかられる病の蔓延を描く作品を発表するひとりのマンガ家・日比野幹雄がいた。日比野は自分の描きたいマンガが規制を受けずに世に出る方法を模索する。ストーリーは、規制が強くなっていく現実世界と日比野が描くマンガの荒廃した世界が同時に進行し、と
きにシンクロしながら展開していく。

受賞理由

審査委員の意見が大きく割れることなく、ほぼ全員が高評価をつけての贈賞となった。ストーリーテリングの巧みさ、画の達者さなど、前作『予告犯』(2011–13)でも感じられた作者の「うまさ」が光っており、「マンガの表現規制」という、情熱だけでは描き切れない本作のテーマが最良のかたちで表現されている。また本作は「マンガ家マンガ」でもあり、作者自身の表現規制への思いも筆が乗ってか、緊迫感が最後まで続く。そして本賞が「文化庁」主催であるからには、我々審査委員にマンガの表現規制をどう捉えるのか、という問いを真正面から突きつけた、ともいえるだろう。実際に読んでいるあいだ、そのことをつねに問われているような切迫感があったが、物語に没入するようにどんどんページを繰ってしまった。マンガというメディアは、内容にどんな社会的意義があろうと、教育的な内容であろうと、大前提として「おもしろい」ものでなければならないはずである。本作もまた、そのための工夫に満ちているおもしろいマンガにほかならない。(門倉 紫麻)

 

 

優秀賞「Sunny」松本大洋

鉄コン筋クリート』『ピンポン』『GOGOモンスター』『ナンバーファイブ 吾』―未来、スポーツ、異界、SF、あらゆる世界で、体と心を躍動させる少年たちを描き続けてきた作者が、親と離れ児童養護施設で過ごした自らの少年期に思いを馳せつつ描いた作品。問題児で、ある事情から白髪になってしまった春男、横浜からやってきた真面目でガリ勉タイプの静を中心に、純助、めぐむ、きい子、研二ら、「星の子学園」にはいろいろな事情から齢も境遇も異なる子どもたちが親と離れて暮らす。園の片隅に放置された自動車「サニー」は、子どもたちの遊び場であり、教室だった。「学園の子」同士の友情やけんか、学校の同級生ら親と暮らす「家の子」たちとの交流、学園のスタッフである足立さん、自分の親との微妙な関係など、日々起きる大小さまざまな出来事を通して、少しずつ成長していく子どもたちの心情を描く。

受賞理由

子どもの不幸は自分では何も選べない不自由さにあると思う。誰と一緒に暮らすかも、どこで暮らすかも選べない。しかし希望が叶えられなくても簡単には絶望していられない。大人はその場しのぎの幸せな嘘をついて逃げていき、不幸な重い現実を子どもに背負わせるけど、子どもが嘘をついたり逃げたりは許されない。「星の子学園」では家庭の事情と理不尽な感情を抱えた子どもらが暮らしている。みんな他人で、文房具は誰かのお古。庭に放置された廃車のサニーは乗れば空想のガソリンを満タンにしてどこにでも行けるけど、降りれば元の場所だ。マンガのなかにいくつか出てくる当時の昭和歌謡のように、状況はくどくど説明されず、どうにもならない感情の景色はたっぷりと描かれている。自分の子どもの頃の寂しさや大人になってからの後ろめたさに似た気持ちが拾いきれないほどにそこにある。サニーに乗り込むようにこのマンガを開くたびに見つける感情がある。(松田 洋子)

 

Sunny コミック 全6巻完結セット (IKKI COMIX)

Sunny コミック 全6巻完結セット (IKKI COMIX)

 

 

新人部門「応天の門」榛原薬

平安時代初期、京の都を舞台とした歴史サスペンス・ストーリー。学問の神様と称される菅原道真と、光源氏のモデルとも言われている平安の色男・在原業平がタッグを組み、都で起こる怪事件を解決していく。女官の連続行方不明事件や絶世の美女と謳われる玉虫姫をめぐるトラブルなどを、道真の「理知」と業平の「機知」を活かし次々と解決する様が、歴史検証に基づくキャラクター設定と美麗な筆致で描かれる。作中では、『伊勢物語』を想起させる業平と藤原高子との恋模様や、政に関心のなかった道真が藤原良房をはじめとした藤原勢力との権力争いに巻き込まれていく史実に基づくストーリーも展開していく。

 

応天の門 コミック 1-5巻セット (BUNCH COMICS)

応天の門 コミック 1-5巻セット (BUNCH COMICS)

 

 

7「月に吠えらんねえ」清家雪子

萩原朔太郎北原白秋室生犀星らの作品から生まれた「朔くん」「白さん」「犀」など、詩人本人ではなく作品のイメージをキャラクター化し、近代詩と日本の近代をいきいきと描いた作品。物語の舞台となる「□(シカク:詩歌句)街」には、詩人・歌人俳人の作品をもとにした架空のキャラクターたちが集い、創作に励む。ある日、町はずれに謎の死体が現われた頃から街は戦前・戦中の不穏さに強く導かれはじめ、詩人たちはその雰囲気に抗えず戦争賛美へと向かってしまう。登場人物の言葉として鮮やかに引用される詩の数々は、創作にまい進する詩人たち、目覚めた自意識に苦しむ近代の女性像、文学者の戦争責任など、各々の罪や功績を鋭く描いている。

 

月に吠えらんねえ コミック 1-5巻セット (アフタヌーンKC)

月に吠えらんねえ コミック 1-5巻セット (アフタヌーンKC)

 

 

8「ヤスミーン」畑優似

ライオンが支配する野生の王国を舞台に繰り広げられる「暴力動物アナーキズムマンガ」。王国に暮らす草食動物のトムソンガゼルはシマウマなどとは違い、ライオンに喰われることがない。なぜなら彼らは「不味い」から。美食に狂う王族のライオンたちに対し、抵抗するトムソンガゼルのブエナ、ライオンと真っ向から対峙する伝説のチーター「白い悪魔」など、肉食、草食、雑食、さまざまな動物が血飛沫を上げ、王族に対し反乱を起こす。本作では、本来四足歩行の動物を二足歩行として描いているが、それぞれの種族の特徴を写実的にとらえ、「どこかにこんな世界があるのかもしれない」と思わせることに成功している。

 

ヤスミーン コミック 全3巻完結セット (ヤングジャンプコミックス)

ヤスミーン コミック 全3巻完結セット (ヤングジャンプコミックス)