「離陸」絲山秋子 著(文藝春秋)
国交省から矢木沢ダムに出向中の佐藤弘のもとへ、ある夜、見知らぬ黒人が訪れる。「女優の行方を探してほしい」。昔の恋人はフランスで、一人息子を残して失踪していた。彼女の足跡を辿る旅は、弘の運命を意外な方向へ導いていく。“生きている者は皆、離陸を待っているのだ”。静かな祈りで満たされた傑作長編小説。
主人公のもとに突如現れた黒人から、昔の恋人の行方を尋ねられる、というミステリー仕立てで始まる長編。
「ふたつのしるし」宮下奈都 著(幻冬舎)
美しい顔を眼鏡で隠し、田舎町で息をひそめるように生きる優等生の遙名。早くに母を亡くし周囲に貶されてばかりの落ちこぼれの温之。遠く離れた場所で所在なく日々を過ごしてきた二人の“ハル”が、あの3月11日、東京が出会った―。何度もすれ違った二人を結びつけた「しるし」とは?出会うべき人と出会う奇跡を描いた、心ふるえる愛の物語。
二十年以上の歳月を描いた長編。今こそ必要な静かな希望が、胸に消え残る。
「バン・マリーへの手紙」堀江敏幸 著(中央公論新社)
「バン・マリー」(bain-marie)とは仏語で「湯煎」の意味。心に浮かぶ淡い想念を、ゆっくり湯煎にかけるように味わい、繊細な言葉で綴ったエッセイ集。「牛乳は、噛んで飲むものよ」と幼稚園の先生に教えられた遠い昔のこと、中原中也の詩にひそむ「退屈」へ辿りつく修学旅行の思い出など、著者の精緻にして柔らかな感性が、時間をかけて奥深くまで火を通す湯煎のように心を温める。
ある言葉を鍵として出来事や書物の記憶が重なりあい、あたたかで知的な、言語の「湯煎」を存分に味わえる。