「知能をあげることが可能か」という議論は、科学読み物が好きな人にはワクワクする1冊でしたが、こちらはノーベル賞を受賞した科学者が、科学史に名前を残す先人の業績を冷静に見直した一冊。こき下ろしたといってもいいような本です。先輩の業績を酷評するものだから、オビに「本書は不遜な歴史書だ」とコピーを打たれてしまいました。
書籍の刊行に先立って、著者のスティーヴン・ワインバーグ氏と福岡伸一氏の対談が掲載されていましたので見てみましょう。
福岡 原題は『To Explain the World』。タイトルがとても良いですね。科学は自然界で起こる現象を解明し、説明しようとする人間の営みです。「世界を説明する」ことができたなら、それは科学者が最も誇れる功績ですね。
ワインバーグ このタイトルは妻が思いついたんですよ。他の案も考えていたんですが、『To Explain the World』という表現であれば、我々科学者の意欲を表せると思ったんです。自然現象を単純に「記述」するのではなく、「説明」することが科学者たちがやりたいことなんだ、と。虹や雷、月の満ち欠けや潮の満ち引き。自然界の不可解な現象を、なぜ起こるのか説明したい。「世界を説明する」ことは、科学者たちを動かす原動力なのです。そのニュアンスをタイトルに込めたいと思いました。日本版では、サブタイトルを強調したものになっています。
福岡 ふつう、プラトンをはじめとする古代ギリシャの思想家たちについて語るときは、いかに彼らが現代科学を先取りしてきたかという視点で書かれることが多いですよね。でも先生は、彼らは科学者ではなく「詩人」だったと断じている。それは、彼らが証明や実験をやっていないからですね。
ワインバーグ 古代ギリシャの思想家は、考え方や理論を確認する必要性を真剣に感じていなかったんです。例えばプラトンは、火の原子は小さなピラミッド型で、土の原子は小さなキューブ型をしていると考えましたが、なぜそうなると考えたかについては説明していません。彼は実験をしなかっただけでなく、理論を確認する必要性も感じていなかったし、これはなぜ正しいのかと自分自身を納得させようともしなかったのです。詩人は詩を書くとき、これは正しいとか、どうして正しいと分かったかという自分の理論の正しさを証明する必要はありません。詩的な言葉にすぎないからです。現代科学においては、実証は欠かせません。プラトンをはじめとする古代ギリシャの思想家にはその視点が欠けていた。まさに詩人です。だからプラトンの著作を読んでいると時折馬鹿らしいと感じてしまうのです。
実証は欠かせませんという言葉は、 「『科学にすがるな!』――宇宙と死をめぐる特別授業」佐藤 文隆 , 艸場 よしみ著(岩波書店)でも耳にしました。佐藤文隆氏は人が営々と積み重ねてきた進歩を「けなげな」と表現していましたが、「間違いながら進歩した」という表現に、一流の科学者が共通して心に描く人間への賛歌を思わずにいられません。
科学の発見 [ スティーヴン・ワインバーグ ]
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